ラス・リラス便り

第 9 号

平成1761

アルゼンチン国コルドバ州ビジャマリア市

須郷 隆雄

 

 夕暮れ時、一人身をもてあまし、ふらふらとラス・リラスへ。

 この時間帯は、何時も混んでいる。向かいにおばさん5人組、いやな予感。賑やかに、しかも銀議ら銀だ。

 ウェイトレスが今日は珍しく菓子を餌に犬を外に連れ出している。しかし犬もさるもの、お客と一緒にまた中に入ってくる。中がよほど気に入っているらしい。お客が来ると尻尾を振って出迎える。ドアボーイである。

 新聞に、アンヘル・カブレラがBMWヨーロッパオープンで、最終スコア66で優勝とある。賞金4百万ユーロを獲得。アルゼンチンもけっこう頑張っている。最近ゴルフ場に行くと、サッカーで芽の出ない子供たちが良く練習している。将来のカブレラを目指しているのかもしれない

 今日もテレビHがかかっている。早いテンポの音楽だ。最近良く衛星放送のNHKを見る。以前は歌番組をほとんど見たことがなかったが、のど自慢とか演歌とか。アルゼンチンに来て嗜好が変わってしまったのか、演歌を聞いて涙することさえある。のど自慢を聞いて、本当に面白いと思う。異国の地にいて、最も日本的なものに郷愁を覚えているのかもしれない。由紀さおりと安田祥子姉妹の「帰省」という曲。8月はお盆、1月はお正月、故郷を思い出す。心を癒し、活力を養い、そしてまた生産的な都会へ戻るという内容のようだ。田舎や自然が見直されてきているのだろう。因みに、愛・愛知博は地球がテーマだ。   

アルゼンチンの人は歌がうまい。また良く歌い踊る。先日、フォルクローレ仲間の家に招待を受け、フォルクローレ仲間全員が集う。当然アサードだ。男はアサドールで肉を焼くのが仕事、女は厨房でサラダやパスタ、お菓子などを作るのが仕事、完全に分業だ。料理が出るのを待つという日本とは違い、全員参加で作り、全員一緒に食べる。なべ奉行はそこの亭主だ。とにかく賑やかに食べ、次はギターを片手にフォルクローレの合唱、そして踊る。政治や経済といった面倒な話は一切無し、とにかく思いっきり楽しむといった調子だ。あの陽気さ加減はどこから生まれてくるのか、不思議だ。歌はカンツォーネ仕込みなのか、アサードのせいなのか、声量たっぷりに歌う。「タカオも日本の歌を歌え」と言われるが、ついつい尻込みしてします。弾き語りをするつもりで歌の本まで用意したのに・・・。ダンスも賑やかだ。サパテオというステップを踏みながら、しかも家の中だ。このステップ、どうもフラメンコに似ているような気がする。タンゴにしてもフォルクローレにしても、源流はフラメンコなのかも知れない。そして永遠午前2時半まで、皆元気だ。私は6時起きでコルドバへ。日本とアルゼンチン折中の生活スタイルで、とても身が持たない。仲間同士のパーティーは大体会費制だ。会費6.50ペソ、260円。合理的に楽しむ。決して金はかけない。彼らは日本の給料やモノの値段をよく聞く。言うと皆びっくりする。しかし、「アルゼンチンの方が生活しやすい」と言うと満足そうな顔をしている。日本人が失った何かが残っているようだ。嘗てあった日本の田舎が残っているといった方が適切かもしれない。

 今日は、34歳の子連れ夫婦が多い。日本ではあまり見かけない光景だ。社交性を付けるには良いかもしれない。子供が踊っている。フォルクローレスタイルをすると子供はきょとんとした顔をしていたが、隣の夫婦が笑顔で応えてくれた。

 ドアボーイの犬、あちこちで膝に足を乗せたり、尻尾を振ったり、愛嬌を振りまいている。

        

       フォルクローレ仲間          黄さん宅の団子三兄弟

 1年以上この店に通っているが、東洋系に会ったことが無い。町でもめったに会わない。中国系、韓国系それに台湾系と、結構いる筈だ。殆どが店を持ち、商売をしているがどんな生活をしているのか一向に解らない。しかし1人だけ台湾の友人がいる。彼は黄銀泉と言い、37歳、3人の子持ちで小さなキオスコを経営している。祖父母は今も台湾に住み、両親はコルドバで農場を経営している。とても気さくで、感じのいい家族だ。私が店に行くと、「オー、アミーゴ。コンバンワ。オゲンキデスカ。一番」といって迎えてくれる。必ず最後に一番を付けるのが面白い。ここには、味噌醤油から豆腐シイタケ海苔それにワカメもやしまで売っている。私が飢え死にせずに生きていられるのは、この店のお陰だ。「餃子、マーボ豆腐、ラーメン」とか言って、時々私を招待してくれる。似ても似つかない餃子やラーメンが出てくるが、「美味しい美味しい」と言ってご馳走になっている。ラーメンの麺はスパゲティーだ。スープが少なく、野菜がやたら多く、とても美味しいとは言えないが、気持ちが有難い。感心することに、家では台湾語を教えている。子供たちも家では台湾語を話している。テレビは何時も日本アニメの中国語吹き替えビデオを見ている。時々「一休さん」が掛かっていて、一緒に歌ったりもする。子供はくりくり坊主で、一休さんみたいなので、私は「一休さん」と呼んでいる。奥さんは日本語に関心があり、大分覚えてきたようだ。子供たちは懐いてしまって、行くと飛びついてきて離れない。家族は「日本が大好きだ」と言っている。中国はあまり好きではないようだ。

 彼らの祖先は広東省から台湾に渡った客家だそうだ。毛沢東の中国共産党に敗れた蒋介石の国民党が台湾に来た頃、多くの台湾人が海外に移民したという。早くから広東省や福建省から台湾に渡った人々を台湾人といい、蒋介石とともに来た人々を外省人といって区別しているようだ。台湾の人口は2,000万人、世界で2番目に高い人口密度だそうだ。「日本はかつて台湾を統治していたことがある」と言うと「日本人は決して悪い民族ではない。台湾人は日本に好感を持っている」と言う。中国や韓国とは民族意識が大分違うようだ。

 午後8時、完全に日が落ちた。ドアボーイの犬、相変わらず愛嬌を振りまいている。銀議ら銀のおばさん5人組はもういない。

雑踏の町へ戻る。隣の商売敵の喫茶店も満席だ。マンションの入り口で何時もの犬がじゃれ付いてくる。頭を撫で「チャオ」と言って別れると、またうつ伏して、上目使いに見送ってくれた。

        
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