ビジャマリア情報30

2005.8.30

Villa Maria, Cordoba, Argentina

須郷 隆雄

 

 ブエノス・アイレスは言うまでもなく、アルゼンチンの首都である。

 1580年にスペインのファン・デ・ガライによって創始された面積200平方キロ、人口300万人、周辺都市を含む、いわゆるグラン・ブエノス・アイレスといわれる地域を合わせると1200万人、東京に匹敵する大都市である。新しい建造物は比較的少ないが、重厚なヨーロッパ風の建築は、一瞬中世のヨーロッパに紛れ込んだのではないかという錯覚を起こさせる。これが南米のパリと言われる所以であろう。とても南米というイメージで語ることは出来ない。

 着任当時、市内ツアーをした経験はあるが、何も分からないままでの観光であったため、殆ど記憶に残っていない。そこで、もう一度、確認の意味で市内ツアーをすることにした。

 観光事務所に9時に行く。古ぼけた建物だ。かなり旧式のエレベーターで事務所に昇ると係員が2人いる。客は誰もいない。ガイドらしき青年が乗り場まで案内してくれる。ホテルのロビーだ。ここで15分ほど待てとのこと。隣にアルゼンチンの青年。同じ乗客かと思ったが、どうも違うようだ。色々日本の事を聞いてくる。東京と書いたTシャツを着たおばさんが入ってくる。これも同じ乗客ではなさそうだ。20分ほどしてマイクロバスがやってくる。ガイドの青年が笑顔で手招きをする。例の隣の青年も乗ってくる。乗客は松葉杖を持った青年が1人だけだ。何だか寂しいツアーになりそうな予感。しかしその後次々に乗ってきて、概ね満席となる。乗客は松葉杖のメキシコから来た青年と中国系1世夫婦とその息子夫婦の4人、そしてフランスから来た青年とアメリカ夫婦と私の9人だ。例の青年はカメラマンであったようだ。11人の写真を撮って、バスから降りていった。

      

   パレルモ公園セイボ・モニュメント       大統領府カーサ・ロサーダ

 ガイド、流暢なスペイン語と英語で交互に案内する。私にはどちらも良く分からない。先ずはパレルモ公園へ。市の中心より北へ4キロほどの所にあり、正式には「23日公園」と呼ばれている。総面積7.7平方キロ、世界三大公園に数えられている。植物園、動物園、ゴルフ場もあり、国内線空港も公園の一部である。ペロン大統領の時代に造られたと言われている。閑静な住宅街でもあり、市民の憩いの場となっている。ペロン夫人エビータの像とアルゼンチン国花セイボのモニュメントを見る。何度か来た場所でもある。エビータは若くして亡くなったということもあるがペロン以上に人気がある。貧者に対する奉仕活動で人気を博したようだ。

 次は五月広場である。カーサ・ロサーダという大統領府がある。言うならばピンク・ハウスだ。アメリカのホワイト・ハウスの向こうを張っている。出店で日本とアルゼンチンの国旗を組み合わせたバッチを買う。其処のお兄さん、「ありがと、さよなら、1,2,3・・・」と知っている日本語を喋り捲る。更に「空手、柔道」と言うので、「剣道」と応えておいた。ここから西に1キロ、国会議事堂に通じる大通りが五月通りである。よくデモや抗議行動が行われる場所でもある。突き当りが国会広場で、グレコローマン建築の国会議事堂がある。美しい記念碑と噴水があり、市民の憩いの場ともなっている。

 ミラノのスカラ座やパリのオペラ座と並び称されるコロン劇場を通り過ぎると、またカメラマンの青年が乗ってきた。タンゴのCDとタンゴの踊りに、前に撮った顔写真を組み合わせた合成写真を売っている。なかなか商売上手だ。30ペソ、決して高くない。CDも最もポピュラーな曲が載っている。売り終わるとさっさと降りていってしまった。

     

  国会議事堂               ボカ・カミニート

 次はタンゴの発祥地として知られているボカである。ボカとは、スペイン語で「口」を意味するが、川の入り口にあることからこの名が付いたのであろう。市の南東にある古い港町で、ボヘミアンの町でもある。タンゴ一色である。タンゲーラ(女性タンゴダンサーのこと)の写真を撮ろうとすると「一緒に踊ろう」と言う。踊れないので、最後のポーズだけを一緒に撮る。とにかく喧しい場所だ。タンゲーラに現を抜かしているとスリに会うこともある。おのぼりさんの多いところで、最も治安の悪い所でもある。ボカ近郊は再開発され、新しい高層ビルが建ち並んでいる。ボカと好対照を成している。日本でいうなら、お台場のようなウォーターフロントと言うべきか。ボカはサッカーで最も有名なボカ・ジュニアの本拠地だ。開催日はとても行くような場所ではない。

 終点はフロリダ通りだ。ブエノス・アイレスの銀座通りと言われるところである。歩行者天国になっていて、夕方から夜にかけては非常に賑わう。1日ぶらぶらしていても飽きないアルゼンチン最大のショッピング街である。

 何時も賑やかだったアメリカ人夫婦、仲睦まじい中国人家族、孤独を愛したフランス青年、殆どバスから降りなかったメキシコ青年と此処で別れた。

 昨夜とは打って変わって、風は冷たいものの眩しいほどの快晴であった。一人、あても無く異国の銀座通りをさまよい歩いた。

           

                 タンゲーラとタンゴ


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