ジャガイモ家族の送別会

平成19年7月8日

 

 タムシン・ロッジのジャガイモ亭主が、何のつもりか急に「裏山の隣村までハイキングに行かないか」と聞いてきた。今までにこんなことはなかった。土曜日でもあるし、暇を持て余していたので「行こう」と商談成立。モンちゃんと珍しく奥さんも同行だ。

 外に出ると、太陽に大きな日傘がかかっている。日輪が現れる日は、高僧ラマの生まれ変わりが誕生すりとのいわれがあるそうだ。日輪は今までに見たことがあるか、記憶にない。太閤秀吉こと日吉丸は、こんな日輪の日に生まれたのであろう。日輪を見ながらジャガイモ家族と裏山に登った。

 モンちゃんは何時ものように自作の車を「ウー、ウー」と言いながら運転してくる。登るにつれて、視界が開ける。ジャカールが一望に見渡せる。色々と町の説明をしてくれる。奥さんは英語が不得手なので、説明のとき以外は、家族はシャショッパを話している。裏山といっても2時間は上ったであろうか、かなりの疲労感だ。途中で引き返す。帰りは近道を下る。吹き上げる風と町を見下ろしながらの下山は気持ちがいい。

 帰るとチョウメン(焼きそば)と冷え冷えのビールが出された。汗をかいた後の冷えたビールは美味しい。ジャガイモ家族の私に対する送別会の気持ちなのだろう。素朴ではあるが有難い。

 ビールで、うたた寝していると「ギーコ、ギーコ」と外がやかましい。モンちゃんとジャガイモ亭主が犬小屋作りを始めている。カーペンター・モンちゃんは腕の見せどころ、得意満面である。黒犬ブランカは迷惑そうな顔をして、寝そべったままその様子を眺めている。完成しても、一向に入る気配がない。相変わらず犬小屋の前で寝そべっている。

 夕食時にまたもジャガイモ親父が「明日、弁当を持ってハイキングに行こう。計画は立てておく」という。今日のハイクは前哨戦であったようだ。

 翌朝見ると、ブランカが犬小屋から首を出していた。やはりマイホームは気に入ったようだ。

 10時、おんぼろワゴンで出発。家族全員、ゴとキラで着飾っている。ハイキングのいでたちではない。モンちゃんの僧衣は見たことがあるが、ゴ姿は初めてだ。何時もは裾を切ったようなズボンをはいているが、今日はなかなか可愛い。

 弁当を用意し、途中で10リッターだけガソリンを入れ、隣町チュメイに向う。坂道を何度もギアチェンジしながら、のそりのそりと登っていく。チュメイ−ウラ間のニューロードに入る。造りたてなのか、造っている最中なのか、でこぼこ道を、腰を浮かせながら走る。途中でバターオイルと線香を買う。どうもお寺参りの雰囲気だ。渓谷の岸壁にチョルテン(仏塔)の模様がある。自然に出来たもののようだ。店の親父が宗教心を駆り立てるように説明する。

 さらに進むと行き止まり。ジャカールからのチャムカル川とチュメイからの川が合流し、橋が作れないでいるのだ。そこからはひたすら歩き。ハイキングである。つり橋を渡り、急な山道を登っていく。人里を通り過ぎるとなだらかな上り坂。モンちゃんと親父が「これは日本語でなんと言うのか」とやたら質問してくる。モンちゃんは弁当を担がされ、お疲れ気味のようだ。奥さんは魔法瓶を下げて、後からついてくる。

 村の小学校に着いたところで昼食。急に風が強くなってきた。なかなかの準備である。ホテル並みの食事だ。ビールまで用意している。私は椅子に座るが、家族は地べたに座る。その方が、居心地が好いようだ。黒犬がじっと見ている。モモ(ブータン風餃子)を1個上げると、ほとんど噛まないで飲み込んでしまった。

 雲が降りてきた。雨がぽつぽつ。突然雷鳴。それ程の高度とは思えないが、ガスがかかりヒマラヤの山中を歩いているような雰囲気だ。馬が数頭、草を食んでいる。ようやく新築中の小さな寺院に到着。家族は恭しく三々九度の拝礼をし、持参のバターオイルと線香を上げ、さらに何がしかの賽銭を上げた。私もつられて賽銭を上げた。この辺りは、冬にはヤクが下りてくるようだ。

 帰りは下り坂。快調に川の合流点まで下りる。チョルテンが立っている。ラマ僧がここで双方の川を見下ろし、修行をするとのことだ。チュメイからの川は褐色に染まり、ジャカールからの川は乳白色に染まっている。橋が架かるのはまだ先の話しだろう。

 がたがた道をポンコツ車で再び戻る。鈴虫かこおろぎが住み着いたのか、「コロコロ、コロコロ」といい音を奏でている。虫の音をバックグランドにタムシン・ロッジに戻った。

突然のこの家族の心遣いで、心に残る思い出を作ってくれた。不可解なとも、不可思議なとも言ってきたこの家族であるが、心から御礼を申し上げたい。