週末ボランティア大作戦

 


平成19年5月7日

 5月5日は子供の日だ。しかしブータンには、そのような日はない。日本から持参した鯉のぼりを、事務所の窓から垂れ下げてみた。ブータンの風になびき、マンションから下がっている鯉のぼりの感じは出ている。「江戸っ子は五月の鯉の吹流し、口ばっかりで腹は空っぽ」確かに大きな口で腹いっぱいに風を吸込んでいる。

 研修中の仲間が下で「なんだなんだ」と騒いでいる。「鯉は滝を登って龍になる。元気な子に育って欲しいという親の願いだ」と説明すると「ふーん」と感心していた。魚が空を泳いでいるのに興味があったようだ。帰りがけ、タシから「明日、農場のフェンス作りをする。昼飯を食べに来ないか」との誘いを受けた。

 翌日行ってみると、大勢の人が盛んにフェンス作りをしている。今日で2日目だそうだ。「野豚の襲撃を受け、ジャガイモが大被害だ」と言う。そのジャガイモ、試験用に南米から11種類輸入したものとのことだ。回りに野豚殿のために従来のジャガイモを植えておいたにも拘らず、試験用のオジャガ殿が荒らされたのだ。そこで金網フェンス大作戦となった。周囲540m、大変な作業である。「これでジャガイモはハッピー」と言うので、「野豚の家族はアンハッピーだね」と言うと「ブータンのGNHはイコール」と応える。なるほど、GNHはブータンの国民だけではなく、全ての生物が対象なのだ。殺生を好まないブータンらしい発想だ。

 野豚は生き残りのために次の手を考えてくるだろう。このような戦いは至る所にある。猿や鹿の被害も多いようだ。果物が実をつける頃は熊の被害もある。人も犠牲になるとのことだ。確かに、畑に寝泊りできる見張り小屋をよく見かける。いたちの被害はないそうだが「いたちごっこ」が続いている。山に覆われたブータンでは、この害獣被害対策が大きな問題になりつつある。いつまでも「殺生は好まない」と言っていられない時が来るだろう。人間様と山の動物のどちらのGNHを優先するかだ。

 またもタシが帰りがけに、「ペツェリン寺院までの道路作りが行われている。坊さんが道路整備を行っているので、明日昼飯を差し入れに行くので行かないか」と誘う。事務所幹部が5人ほど行くようだ。さらに「5000Nu掛かるんだけど応援願えないか」と無心である。要は金目当ての誘いだったのだ。ボランティアとして1000Nu応じることにした。

 翌日車2台で、出来立てのガタガタ道を登っていく。日本の国旗をつけたパワーシャベルが、山を崩しながら道を作っている。坊さんたちがその後を整備している。口をドマで赤くし、妙にモダンなメガネを掛けた坊さんの出迎えを受ける。皆、神妙な顔をして、恭しく頭を下げている。リンボチェといって、ラマ僧の中でも位が高いそうだ。僧衣を纏っていないので、どこの親父か分からない。

 早速、差し入れの昼食である。タシが私を紹介すると「カディンチェは日本語で何と言うか」と聞いてきたので「有難う」と応えると、満足したような顔で「有難う」を連発していた。なかなかひょうきんな坊主だ。

 「30分で行ける」と言うので、食後、山道をペツェリン寺院まで上ることにした。思ったより急だ。「ハーハー、ゼーゼー」心臓がのどから飛び出しそうだ。チャムカル川沿いに広がるジャカールの町並みが光って見える。地面の穴に鳥の巣。うずらの卵ほどのが4つ。鳥の巣は木の上とばっかり思っていたが、ブータンの鳥は怠け者なのだろうか。それとも危険を感じていないのだろうか。

途中に大きな石。向かいの山とこちらの山が喧嘩して、投げられた石だそうだ。そこで、富士山と八ヶ岳の背比べの話をしてあげた。「富士山と八ヶ岳がどちらも自分の方が高いと言い張る。そこで神様が樋を渡し、水を注ぐと、水は富士山のほうに流れた。怒った富士山はその樋で八ヶ岳の頭を殴り、今のような姿になった。それまでは八ヶ岳の方が高かった」嘘か本当か解らないが、似たような話は何処にでもあるものだ。

 大きなダルシン(経文旗)が立っている。牛が1頭、ダルシンを見上げている。絵になりそうな光景だ。「山あいにダルシン見上げ牛一頭」。一面に黄色い花の潅木、ブータン語でジャンチョップシンというそうだ。漸く寺院に到着。1時間は優に掛かった。ブータン人の言う30分は当てにならない。僧たちが中を案内してくれる。この寺を作った坊さんと2代目の坊さんの像が安置されていた。ひょうきんなリンボチェは5代目だそうだ。いずれ仏像になるのだろう。サイコロ3つで運占いをする。3回振ってみたが大吉とはいかなかった。小吉といったところであった。85人の修行僧がいる。眼下にジャカールの町を見下ろす。悟りが開けそうな予感がした。

 ガタガタ道を下る途中で、全員が車から降りる。何故だろうと思っていると、例のリンボチェが道路修理をしている。車に乗ったまま通り過ぎるわけにはいかないのだ。また例の如く丁重に挨拶する。ゾンカで「カディンチェ」と言うと日本語で「有難う」と手を握ってきた。相変わらずドマをくしゃくしゃ噛みながら口を真っ赤にしていた。風体は高僧とは思えないが、心は十分にリンボチェであった。 

山あいから流れる小川が茶色に変色していた。ノスタルジックなブータンが徐々に変わりつつあるのを感じた。