衝撃の農家宿泊
 
平成18年10月20日

 ジャカールに来て10日目、しかも土日、初めての出張である。ジャカールから北東部のタンという村だ。国道1号を東に向かって走る。舗装はされているのでまあ快適だ。カーブの多いのは山国ブータンにとっては当たり前。直線道路はない。途中から山道を北上。時速10キロ、腸ねん転を起こしそうな石ころ道だ。途中の何とかという村で下車し、かつてはお城、今は私設の博物館に立ち寄る。立ち寄るといっても登山道を登ること1時間。めまいがする。しかし貴重な遺品が多く展示され、かつての豪族の生活ぶりが偲ばれる。チベットに迷い込んだような感じだ。それらしい老人と子供が日向ぼっこをしている。欧米系の年配夫婦がやってくる。こんな田舎までと、ちょっとびっくり。下山後、民家とも食堂ともつかないところで持参した食料で昼食を取る。そしてまた腸ねん転の道を登っていく。午後2時ごろ、目的地タン村にたどり着く。標高3,000mだ。宿泊予定の農家に荷物を降ろし、アラを1杯ご馳走になり馬牧場へ。これまた登るのがきつい。酸素不足とアラの酔いでついにグロッキー。農家の納屋のようなところで一眠りさせてもらう。

  

 元気を取り戻し、いよいよ夕食だ。私の前にお膳というよりは風呂屋の椅子といった感じのものが出される。他の者にはそれがない。皆床に胡坐をかき、床のうえに出された食事を手でぱらぱらご飯と混ぜながら食べる。主賓にはこの風呂屋の椅子がお膳代わりに出されるのだそうだ。黙々と食べる。しかも早い。客が食べ終わると、今度は家族が車座になって食べる。決してお客と一緒には食べない。ひとしきり雑談がすむといよいよ今晩のメイン会議だ。馬育成農家11戸と小集団組織化のディスカッションである。昼は忙しいので、夜にこのような会合がもたれるのだそうだ。三々五々集まってくる。しかし集まるのは奥さんばっかりだ。結局、男は2人だけ、あとの9人は女ばかり。妙な感じだ。聞くと、この国は女が強く、大事な決定は皆女がするとのこと。これがブータンの伝統だと。やはり女はよく喋る。男は後ろのほうで一言も喋らない。現地語で話しているので私には全く解らない。「とてもハンサムだ。40位にしか見えない」と言っていると所長が教えてくれる。悪い気はしないが、俺のことを肴にしているようだ。何のことか解らないが、かなり激しく議論している。この会合も2時間に及んだ。その間、笑顔でお愛想作りをしていることの辛いこと。

突然、けたたましく犬が吠える。熊が出たというのだ。今までただ後ろで黙っていた男の出番である。血相変えて出て行った。羊が2頭やられたとのことであった。いやはや驚きである。その後うだうだと雑談の後、床を引いて寝る段である。薄暗い物置のような部屋に布団が10人分敷かれ、雑魚寝である。何だか嫌な臭いはするし、湿ったような、しかもやたらと重い。目を閉じ、眉間にしわ寄せ、苦痛に耐えていた。とても眠れないだろうと諦めていたが、幸いにも睡魔が眠りへと誘ってくれた。朝方尿意を催す。まだ真っ暗である。隣の所長を起こし、「トイレに行きたい」と言う。何とトイレは100mも離れた屋外にある。よろけながらたどり着くと鍵がかかっている。これはこの国の習慣のようだ。鍵を開け、所長を外に待たせ中に入る。その光景にびっくり。左のほうに板の隙間がある。そこが小便をするところだ。そして中央に木の円筒がある。それが大便をするところだ。意を決し、その円筒にまたがる。大きな奴がストーンという音と共にはるか彼方に落ちていった。すっきりしたものの身震いをした。その間所長は何やらお経のようなものを口ずさんでいた。この所長、寝る前も布団の上に座り、同じようなものを唱えていた。敬虔な仏教徒なのであろう。再び布団の中で丸くなった。朝は皆、共同炊事場のようなところで歯を磨き、顔を洗い、そしてなべや野菜も洗う。井戸端会議とはまさにこのことか。ミルクティーを1杯のみ、また子馬の体長測定やら生育状況を調べている。朝食を済ませ、帰る段である。所長に「宿代は?」と聞くと、お婆さんに200ニュルタム、アラという焼酎をくれた奥さんに100、若嫁に300と言うので、その通り支払う。これが流儀のようだ。他に山では変えない砂糖など食糧を山ほど買ってお土産とし、子供に配るキャンディーもポケット一杯買い配りまくった。こうするとみんなハッピー、ハッピーということだそうだ。何だか50年ほど前の日本の農村にも有ったような気がする。

 嵐のような一夜が明けたようで、何だか清々しいような、ぞっとするような、また郷愁を感じるような妙な気分であった。まさに歌曲「禿山の一夜」である。空は抜けるような青、肌寒いにもかかわらず、入道雲のような真っ白な雲が浮かんでいた。青と白のコントラストが絶妙であった。二度と来たくないという気持ちとまた来てもいいかなという複雑な気分で山を降りた。


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