トムシン・ロッジの1日
 
平成18年11月8日

 1日は6時の起床から始まる。歯を磨き、顔を洗い、朝の体操を済ませると紅茶が運ばれてくる。大体、持ってくるのはお手伝いのサンガイか長男のツェリンだ。朝食は7時半。宿泊客がいない時は、ツェリンが何か話したそうに側に立っている。8時半ごろ山道を歩いて出勤だ。時々、犬か牛が見送ってくれる。途中に1軒の農家がある。「クズ・ザンポー」と挨拶することもある。入り口のドアの上に男の一物の彫り物が飾られている。毎朝それに手を合わせ、1日の無事を祈って通り過ぎる。時々、黒い牛が道を塞いでいる。この時が大変だ。恐る恐る通ろうとすると牛も去る者、なかなか通してくれない。仲間だよという顔をして行くと、牛は無心に草を食べている。このタイミングが難しい。最近は顔を覚えたのか、「モー」と挨拶してくれる。時には朝帰りの犬に出会うこともある。機嫌のいい時はいいのだが、悪い時は一声吠えて、威嚇しながら通り過ぎていく。牛の糞で足を滑らすこともある。通勤もなかなか大変だ。

 今は観光シーズンで、多くの外人客が泊まっている。トレッキングや寺院めぐりが主であるが、今はお祭りシーズンのため仮面舞踏や裸踊りなど催しが目白押しで、ことのほか観光客が多い。犬を連れてくるお客もいる。ある朝、ロッジの周りを、犬を連れて散歩している外人客がいた。犬好きか、犬の散歩が日課で、ロッジにたむろしている犬でも散歩させているのかなと思いきや、犬をわざわざ連れてきたのだそうだ。家族の一員といえばそうではあるが、アメリカから地の果てブータンまで連れてくるとは恐れ入った。犬にもブータンの裸踊りを見せたかったのかもしれない。アメリカの生活をそのままブータンに持ち込む厚かましさに、何か違和感を覚える。しかし外人客は概して愛想がいい。1人で食事をしているものなら、必ず話しかけてきて、仲間に入れという。有難いようでもあるが、迷惑でもある。こんな欧米人と毎日食事を共にしているのである。

 帰宅は用事がない限り、概ね6時だ。帰ると例のごとく紅茶が運ばれてくる。この紅茶がやたら甘い。ブータンでは何処でも甘い紅茶が出される。今は、砂糖は小匙半分と注文をつけている。辛くて甘くて脂っこいのが、ブータン人の嗜好のようだ。夕食は7時半。この1時間あまりがくつろぎの時間だ。ベッドにひっくり返り、音楽を聴く。時にはメールをチェックしたり、本を読んだりである。夕食を待ちかねたように、ツェリンがやってきて話しかける。このツェリン、学校の先生とけんかして、中学しか出ていない。中学出は何処も使ってくれないといって、ロッジの手伝いをしている。私の英語の先生でもある。機転も利き、頭は悪くなさそうだ。私にブータンのことを色々教えてくれる。時には案内もしてくれる。日本語も大分覚えてきた。

8時過ぎにシャワーだ。これがなかなか順調に行かない。時々水しか出なかったり、温かったりで、慌ててバケツにお湯を持って来てもらうなど、思うようには行かない。また停電もあり、ろうそくを探しまくることもある。問題は薪ストーブ(ボカリ)である。要領を得ないせいか、よく消える。寝るまでこのストーブと格闘していることもある。最初はいらいらしたが、次第にこの生活にも慣れてきた。だんだんブータン人になってきたようだ。日本に帰るころは浦島太郎であろう。10時、就寝である。電気を消せば、暗黒の闇だ。健康的でありそうだが、なかなかそうでもない。夜中にダニの攻撃を受けることもある。2600メートルという高地のためか、酸素不足で眠りが浅い。よく夢を見る。この地域は悪霊が多いという話も聞く。ある夜、片方のスリッパが行方不明。いくら探しても見当たらない。諦めて寝ると、朝スリッパがきちんと揃っている。不思議なこともあるものだ。悪霊の悪戯だったのかもしれない。このようにしてタムシン・ツーリスト・ロッジの1日は過ぎていく。


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